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谷島屋の歴史

文明開化とともに開かれた谷島屋の歴史

江戸時代の浜松は国学者・賀茂真淵の出身地ということもあり、国学が盛んで、進取の精神に富み、町人層にいたるまで知識欲が旺盛な土地柄であった。
谷島屋書店を創設した初代・斉藤源三郎は、弘化元年11歳の春、衣料商を代々の家業とする谷島屋太兵衛の養嗣子となり、斉藤家に入った。
やがて幕末、激動の渦の中で35歳の源三郎は、店の前にあった藩校「克明館」に通う若者を見て、書籍こそ新しい時代に必要なものと考え、明治元年、書肆「博文舎」を紺屋町に開いた。維新後1872年(明治5年)、新政府により学制が公布され、浜松で初めての尋常小学校が開設されると、衣料商をやめ、本来の屋号を使用した「谷島屋書店」の看板を掲げて書籍専業となった。
浜松県内各地には尋常小学校が次々に開校、谷島屋は明治7年に文部省から教科書の地方翻刻権を許され、博文舎の名前で教科書を発行、県内の小学校で広く使用された。1886年(明治19年)、小学校令の施行とともに教科書検定制度が定められてからは、検定教科書の供給が谷島屋の営業の柱となり、教育文化用品の供給業務は現在に引き継がれている。

  • 浜松城主井上河内守正直が店のために書いた扁額。当時、浜松藩唯一の書籍専門店であった。

  • 文豪島崎藤村の筆になる谷島屋書店の大看板。第二次大戦で焼失し後に復刻したもの

  • 雑誌週間と谷島屋の奉仕(写真)

  • 昭和初期の連尺町店舗



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